e0079743_1694885.jpg

 昨日、秋晴れの中、四谷の会場にて、「一日リトリート」の時を過ごしました。
 主催は「クリスチャンライフ成長研究会」。指導は太田和主事でした。

 スタッフを含め、40名弱の集いでした。今回は心と体を静めたあと、「人生の出会い、危機、転機」についてじっくりと向き合い、その意味について人生を振り返ってみました。
 全体は静かでしたが、小学時代の同級生と久しぶりに出会った方もいて、恵みのうちにこれまでの歩みを振り返ることができました。

 下の写真は、会場の中央を飾って、私たちの模範(?)となってくれたコスモス。花は花として、ただそこで無言で精一杯咲き、神を賛美していることに心が惹かれました。
e0079743_1695961.jpg

[PR]
e0079743_19131331.jpg
 前の記事が長すぎたため、読者の負担を減らすために分割してみました。

目的
 ビジョンには、「自分たちは何か、存在意義(貢献)、使命(ミッション)」、そして「何を」「なぜ」が必要になってきます。漠然と夢を抱くだけは、誰でもできるわけですから。何のために召し出されているか、具体的に自分たちの貢献は何かを明確にしていく必要があります。
 これは簡単な作業ではありません。以前記事に書いたベストセラー、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーを読んだら』にもあるように、「顧客は誰か」も深く関係してきます。

価値
 次ぎに、何を大切にするか、どのように活動するかも、とても重要になります。それは貢献の過程で威力を発揮します。
 ある宣教団体では、どんな素晴らしいプロジェクトであろうと、そこに犠牲者が一人でも出そうなときは、プロジェクトを即座に中止するか、いちから見直すそうです。家族、本人の健康、人権、それらは目的達成の犠牲となってはいけません。
 そいういう意味で、動機づけ、判断基準、行動指針、優先順位を知るために、どうしても「何に価値をおくか」を充分共有することがなければ、犠牲者を生み出すおそれがあります。

 これまで、もしある団体に「独裁化、カルト化、独善化、犠牲者」が生じたとしたら、この「価値観」を明瞭にしないでいたことが、多いに関係あるかもしれません。

 目的を達成したいときに、「どのようにそれを生き、どう行動すべきか」を価値は教えます。価値観がはっきりしていないと、どう実践すればいいか分かりません。そうでないと価値観を体現してそうな特定の人物が祭り上げられ、権限の集中を招き、判断、決断のすべてをその人に依存するようになり、残りの人は「物まね」「追従者」になってしまうでしょう。

イメージ
 ビジョンには、イメージを喚起するものが含まれます。どうなって欲しいか、どうなることが終着点かのビジュアライゼーションが、そこになければ永続的な方向性が示されません。「では、次ぎにどうしたらよいか」という、なすべき行動へのイメージが失われ、ビジョン達成というより、目標達成で終わってしまうことになります。この点、M.L.キング牧師のビジョン(夢)は良い例となるでしょう。

 しかし、言葉にしただけではだめです。額縁に飾って終わりになりかねません。私もずっとそうでした。
そうならないためにどうしたらよいか、そのことも『ザ・ビジョン』に親切に書いてあります。よくできた指南書だと思います。そしてキリスト教色も濃い。

まとめ
 集団の存在意義にかかわる目的にコミットしようとする関係者が、その団体が行う社会貢献を通して生き生きとし、賜物や才能を発揮し、創造性を育て、人間としての成熟や生き甲斐を発見し、さらに「目標達成を越えた永続性」をそこに見いだすとき、初めてビジョンは本来の機能を果たすと言えるのでしょう。


 これまでビジョンと言われても、なんか眉唾で捉えていた私がですが、ここまで教えてもらえると、自分の加わっている教会、団体、仕事のビジョンは何か、家族のビジョンは何か(それぞれに、すでに与えられていると思われる)、おそまきながら自分でも明確化し、言語化していきたい気持ちになってきました。

 『ザ・ビジョン』から刺激を受けた、自分なりのまとめでした。 
[PR]
e0079743_16482625.jpg 最近出会ったケン・ランチャード著『ザ・ビジョン』から、ヒントを得て考察し、まとめています。

 ビジョンと言ってもいろいろあります。個人のもの、夫婦のもの、親子で描くもの、組織、会社・・・が思い描くもの。
 ここでは、ある目的のために存在する人々の集まり、組織、共同体のビジョンについて考察しています。

頓挫したビジョン

 M.L.キング牧師と並んで有名なビジョンは、ケネディ大統領の「60年代末までに人間を月に送る」というものです。これは人々を充分に動機付け、視覚的展望も与えました。その時点では、米国に充分な技術がまだなかったのに、大勢の人を動かし、ついに実現させ、世界を熱狂させました。しかし、なぜかそこでストップしてしまった。それ以降の米国の宇宙開発は盛り上がらなくなりました。

 なぜかというと、ビジョンに込められた真の「目的(ミッション)」が達成されてしまったからです。
 それは、「ソ連より早く人を月に送る」ということでした。それが「目的」「動機」「価値観」であったのです。ソ連との競争に勝って、世界に優位を示す国威発揚のための国家プロジェクト。熱狂はピークを過ぎてしまいました。

 それで終わったということは、逆に言えば、それは「真の」ビジョンではなかったことになります。

ビジョンに必要な「目的、価値、イメージ」
 ビジョンがいくら素晴らしくても、そこに「目的」「価値」「イメージ」が示されないと、共同体が抱くビジョンとして充分ではないと著者は言います。しかし、それらがなくても、ビジョンに力があると充分機能することもあり、それをカリスマ性のある指導者が唱えると、なんとなく納得させられてしまうところがあります。とくに、誰にも反論できない大義名分であったり、具体的な数値目標という「目標」が掲げられたりすると、人々を動機づけ、説得できることがあり得ます。
 しかし、真のビジョンは、「数値目標の力」を借りないものである必要があると本書は教えています。ただ、そのビジョンを短くした「スローガン」には「数値目標」(途中にある目印)もあり得るでしょう。

 そこで、個人のカリスマ性に依存しない共同体のビジョンであるためには、文章化することはもちろん、そこに「目的」「動機」「価値観」を反映させる必要があるそうです。

 そのときの私たちの目的は、「神の栄光のために」「全世界に福音を」との究極の願いが中心になってくるでしょうが、これらはあまり遠大、あまりに唱えられ過ぎたこともあるため、(私にとっては)実感が湧きにくい。それはそうであるにしても、その共同体、団体の存在意義がどこにあるかを絞り込まないと、あまりに茫漠としたもので、何にでもなり得ます。

 そこで、それらをなんとか自分(たち)の言葉に変換していく必要があるわけですが、そのためには、かなりの試行錯誤、祈り、聖書からの啓示を求める時間が必要になってくるでしょう。そして自分たちの想いに肉薄する言葉を発見する必要があります。
[PR]
 やっと涼しくなったこの頃、今年を振り返って、主の前に落ち着き、祈りの時を過ごしませんか? 
 とてもリフレッシュされる時となるでしょう。定員はまだ余裕があります。


CLSK「一日リトリート」ご案内

                        主催 クリスチャン・ライフ成長研究会(CLSK)

 神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」  イザヤ30:15

 とかく忙しさや慌しさに追われたり、目に見える現象や状況に振り回されて、主を見失いがちなのが私たちの現実。このセミナーは、毎日の生活の中で、どうしたら主のみ前に静まり、主との交わりを深めることができるかを、同じ願いを持つ人々と共に、体験的に学ぶ機会です。ふるってご参加ください。

日時  2010年10月11日(月・祝日) 10:00-15:00(受付9:30-9:50)
プログラム  10:00から始められ、午前から午後にかけて一つの流れで進められます。
       受付時間に遅れないようにお出かけください。
会場  幼なきイエス会(ニコラ・バレ)  9階ホール
        JR四谷駅、麹町出口 徒歩1分 千代田区六番町14-4

講師  太田和功一氏   クリスチャン・ライフ成長研究会(CLSK)主事 他

参加費  CLSK友の会会員 3,000円   一般 4,000円
当日受付でお支払いください。

昼食  各自でお弁当ご持参でお出掛けください(外食可)。 
    ゴミも各自でお持ち帰りしていただければ幸いです。

 定員60名になり次第締め切らせていただきます。(先着順)
 当日は、ノート、筆記具、聖書をご持参ください。


お申し込み・お問い合わせ  
クリスチャン・ライフ成長研究会(CLSK)「友の会」事務局 森 まで
Tel/Fax 046-248-6224
メール  info*pastors.jp    *を@にして送りください。
[PR]