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 昨日、ようやく待ちに待ったダラス・ウィラード著『心の刷新を求めて』の印刷が完了して小社への納品となりました。
 完成といっても、当社と取次店への納本を終えたということで、皆さんが手にとれる書店さんには明日、もしくは明後日に並ぶものと思います。
 
 これから、関係メディアへの寄贈、制作・協力してくださった方と喜びを分かち合うための贈本、注文者への対応、ネットショップの更新と、限られた人材で、しばらく忙しい毎日が続きます。
  ナウエンの本のように、送付先がが多いいと混乱状態になり、先に着くべき人に着いていなかったりと、ご迷惑をおかけすることもあります。
 南北に長い全国の各書店に並ぶのは、あと数日かかるかもしれません。ご理解のほどをお願いいたします。
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カバーは、まず枯葉に目に止まりますが、帯と取ると、そこには??
 お楽しみ。(って、ブログでもう公表してますが。)
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 子どもの春休みのお相手で帰省しました。一日だけびっくりするような快晴、あとは曇天。風は、手がかじかむほど冷たい。春はどこへ行ってしまったのでしょう? (写真:クリックで拡大)
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榛名山、はるか右奥の雪山は浅間山。
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越後方面の望む。冠雪の山は武尊山。
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「故郷の山に向かいて言うことなし」
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週末だけ開かれる地元で人気の直売場、春野菜。
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春を運ぶ色とりどり。う〜ん、ゴージャス! (by iPhone)
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 「毎年、3万人以上」という言葉はよく聞く。しかし、もうちょっと詳しい実態を知りたい。そんな私の関心に答える記事を見つけた。

 毎年、三万人以上が自殺する経済大国、ニッポン。なんと、それが12年続いているらしい。70パーセント以上が男性だ。

 自殺と認定されるにはある条件があるそうだが、未遂に終わった人を含めれば大変な数になると思う。
 未遂の数まで含めた統計を知りたかったのだが、やはり以下の取材記事にそのことが触れてあった。
 なんと、10倍以上ですと。

 ネット情報だが、亡くなって「一日以内」、そして「遺書」がないと、「自殺(自死)」と認定されず、統計に反映されない。それに、警察の捜査員や解剖医などの不足から、いくらがんばっても、それくらいの数までしか判定できない限界があるらしい。だから毎年三万人という、妙に一致した統計。。

 政府があまりはっきりした内容を出さないのは、国際的に恥ずかしいからだろうか。あるいは、メディアがとりあげないのだろうか。あるいは、あまりに社会が注目すると、かえって促進してしまう懸念が高まるからだろうか。今年から、この3月を「防止キャンペーン」と政府が名付け、テレビCMを流したり、ポスターを貼ったりしているようだが、その効き目はどうだろうか。根本的な対策になるだろうか。

 状況はこれからも変化ないかもしれないが、追いつめられたお父さんたちへの逃げ場、家族を支える人生の選択肢が広がらないと解決は難しいだろう。また、年代によって動機はさまざまだろうし。

 ただ、祈り、すがることのできる存在、窮状を訴えてよい存在があることを、もっと多くの人が知ってほしい。
 信仰の果たす役割りは大きいと思う。いや、ほとんどの人は祈っているかもしれない。ただ、その叫び、祈りを、誰にぶつけたらいいのかわからないで祈っているのかもしれない。

「日本では、自殺が文化の一部になっているように見える。直接の原因は過労や失業、倒産、いじめなどだが、自殺によって自身の名誉を守る、責任を取る、といった倫理規範として自殺がとらえられている。これは他のアジア諸国やキューバでもみられる傾向だ」(WHO精神保健部ホセ・ベルトロテ博士)

「日本社会は失敗や破産の恥をさらすことから立ち直ることをめったに許容しない。自殺は運命に直面して逃げない行為として承認されることさえある。サムライは自殺を気高いものと見なす(たとえ、それが捕虜となってとんでもない扱いを受けないための利己心からだとはいえ)。仏教や神道といった日本の中心宗教は明確に自殺を禁じていたアブラハム系信仰と異なって、自殺に対して中立的である」英エコノミスト誌(2008.5.3)

自殺大国ニッポン、各差社会で死に急ぐ男たち

「死にたい」と言う人に、道徳的対応は無益

年代別自殺率 60歳以上が37パーセント

国別自殺率 世界第6位
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e0079743_13294397.jpg  前に一度書いたかもしれませんが、駅を降りて仕事場に向かう途中に「讃岐うどん」の店があります。なかなかの人気店で、食事時は客がいっぱいで、立ったまま待たねばなりません。

 私はうどんをよく食べる北関東で育ったため、割と好きで、タイミングが合えば、たまに寄って食べることがあります。e0079743_13295396.jpg

 ふつうは、素うどんにあたるメニュー(うどん1種で、食べ方が各種)を頼み、ちょっとしっかりお腹に入れたい場合、つけあわせを同時に頼みます。

 これは「野菜天」。合計で600円。自分にご褒美したいときの、ちょっと贅沢な組み合わせです。

 ほかに「ちくわ天」「ゲソ天」等があり、汁につけて食すもよし、つけずに食すもよし。(写真:クリック拡大)

  この店には、四国のうどんらしく、カボスから作った酢が置いてあり、それを少しかけていただくのが私の好み。関東の味付けと違ってエキゾティック。

 ここの太麺のうどんは、蕎麦と違ってお腹にしっかりたまるので、相当お腹がすいているときでないと、いけません。
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e0079743_1491269.jpg印刷所に渡す資料
 新刊書はすでに印刷所にデータが渡って、印刷作業に入っています。印刷所に渡すためには、「本文のプリント見本」「装幀用データをおさめたCD」「印刷のための指示書」「印刷機にかけるための台割帳」を用意する必要があります。

 二、三日すると「白焼き」(ひと昔まえは「青焼き」)という、製本前の本のようなプリントが、下の写真のように届きます。それと同時に、カバー、表紙、扉、帯、本に挟むスリップ、読者用ハガキなどを簡易印刷したものも一緒。
 
 これらをまた、一日かけて慎重にチェックするのですが、スリリングなのは本文の部分(白焼き)です。1頁、1頁づつ、果たして意図したとおり配分されているかチェックします。プロの印刷所なので、だいたいは間違いありませんが、この作業を踏むことは、完成したのちにミスが発覚した場合、こちら側も確認してオーケーを出したのだから、こちら側の責任もあるという、印刷所側にとっての安全策でもあるわけです。

 かなり枚数があるので、それなりの時間がかかります。今回は、二回、目をとおしました。この段階では、文字を読むことはほとんどしません。
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人間は神ではない 
 修正箇所がなければ、これらの見本をすべて印刷所に戻し、本刷りになります。今回は五、六箇所の小さなミス(内容に影響しない)を発見したので、修正をお願いしました。

 修正作業が入ると、果たしてそれが修正できたかをチェックする作業が加わります。そこで再度、この製本前のようなプリント見本(修正部分の前後のみ)が提供され、修正箇所に目を通します。

 こうした確認作業は、「人間はミスをおかす存在だ」という経験知から出てくるプロセス。多額な投資をするために、慎重に、慎重に、ミスをおかさないよう作業しますが、こうしたプロセスを踏んでも、残念なことに、やはりいくらかの小さなミスは生じます。

 編集者のメンタルヘルスのためには、「ベストは尽くすものの、神様ではないのだから小さなミスはつきもの」と腹をくくるくらいです。
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e0079743_17184996.jpg  前回の記事でダラス・ウィラード著『心の刷新を求めて』の発行についてお知らせしました。

 以下は、本書の冒頭に掲載されている「日本の読者」に宛て書いてくださった「挨拶」から一部を紹介します。

 「本書はキリストにある霊的形成の理解と実践を助けるために書かれました。それはイエスを愛し、イエスに信頼する弟子たちのためのシンプルな生き方です。この生き方は、私たちの眼前に理解と実践に至るための明快な道筋を示します。その道筋をたどるなら、今からイエスと共に神の国に永遠に生きることを謳歌し始めるようになります。

 そうなるにしたがって、ほかの人たちは神がイエスを通してもたらしてくださる光といのちを、私たちの内に見るようになります。そして、神の偉大さと善に感謝するでしょう。神を知ることに喜びを見いだし、日々の生活の中で自らの前に現される神の現実に信頼することを学ぶでしょう。

 イエスの弟子として今日のこの世界に生きる者として、神の国でイエスと共に生きる人生の良き知らせを日本の素晴らしい皆さんとお分かちできることは、私にとって大いなる喜びです。
「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった」(ヨハネ1・4)これが真実であるかどうか、皆さんも試してみれば分かります」
                       ダラス・ウィラード

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       (写真:ウィラード師 photo by Loren Kerns 2008)

 「もくじ」の概要
序 章
第1章 霊的形成とは
第2章 「人間のいのち」というシステムにおける心
第3章 堕落した魂の「根本悪」
第4章 魂における「根本善」の回復
第5章 霊的な変化
間 章
第6章 思いの変容──その1
第7章 思いの変容──その2
第8章 意志(心、霊)と品性の変容
第9章 体の変容
第10章 社会的側面の変容
第11章 魂の変容
第12章 光の子ども、世の光
第13章 地域教会での霊的形成
終 章
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 三年がかりの制作。当社がこれまで発行した中で最大の頁数。
 お待たせしました。いよいよ今月末の発売です。


「キリスト者と自称する人の多くが、この世と妥協した生き方をしているのはなぜか。真の変化、霊的成熟は理想に過ぎないのか?」
 米国における霊性神学の著作で知られるダラス・ウィラード師は、米国のキリスト者の現状を憂えて本書をまとめました。キリストに似た者と変えられるとは何かを、「思考、感情、意思(霊、心)、体、社会的(人間)関係、魂」への基本的理解に触れ、それがどのように相働いて変化をもたらし、内側から外側へと造り変えられかを詳述しています。


心の刷新を求めて
キリストにある霊的形成の理解と実践
(原題:RENOVATION OF THE HEART)

ダラス・ウィラード著
中村佐知・小島浩子訳

B6版並製(488ページ) 
定価2,400円+税

企画:Leadership Builder Publication
制作・発行:あめんどう
発行日:2010年3月30日

著者:ダラス・ウィラード(Dallas Willard)
南カリフォルニア大学の哲学学部教授、前学部長。
米国の代表的なキリスト教霊性神学者の一人。
三〇冊以上の著作がある。
『The Divine Conspiracy』(ゴールドメダリオン受賞)
『The Spirit of the Disciplines』『Hearing God』
(いずれも邦訳未刊)などがある。カリフォルニア州在住。


全国の書店で発売されるのは、発行日の前後1週間くらいになります。
ナウエンの本のように、読みやすく、やさしい内容というものではありませんが、読みがいがあり、深く考えさせられ、これからの信仰者、これからのキリスト教会の歩みに大いに資する本です。
お楽しみに。
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「静けさ」
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「明鏡止水」
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「集い」
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「窓の外は清浄」
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e0079743_19315582.jpg ある神学校の特別講座に呼ばれて、週一回、計二回の三コマ授業を先月、担当させていただいた。
 私がどんな話をするかも不明なのに、呼んでくださった責任者の先生の寛容な心に感謝。
 私にとっても準備をしながら、とてもよい学びになった。

 神学生を対象に準備したつもりだったが、一般信徒も教職者も参加するかもしれないということで、内容の幅を広げて、飽きさせないように工夫したが、果たして。

 講演の概要。

一日目「ナウエンと霊性」
(1)ナウエンと黙想(観想)

 1)私とナウエンとの出会い。
 2)ナウエンの創造力の源、黙想、観想について。
 3)「レクティオ・ディヴィナ」(祈り)とは
 4)黙想の紹介(実際に初歩のエクササイズを体験)

(2)ナウエンの世界を知る

 5)ナウエンの著作に使用される独特の用語を探る
  「孤独」「ソリチュード(静まり)」「見ること、聴くこと」
  「沈黙」「受肉」「コミュニティ」・・・・

(3)人物像・宣教への姿勢


二日目「ナウエンと宣教」
(1)黙想の実践---聖書の言葉を味わう

(2)『傷ついた癒し人』 その1(現代人の苦悩を理解する四つのドア)

 1)本書が書かれた時代背景 
 2)本書の構成
  「苦悩する世界」(1章)解説
  「苦悩する若者の状態」(2章)解説
  「苦悩する人間の状態」(3章)解説(略)
  「苦悩する牧師の状態」(4章)解説

(3)『傷ついた癒し人』その2(これから求められる指導者とは)

 1)心の中の出来事を明確に、正確に表現できる指導者
 2)共感(コンパッション)こそが、真の権威
 3)瞑想的な批判者(観想を実践して識別する人)とは

 難解で知られる(訳が?)『傷ついた癒し人』だが、これまでのナウエン体験で教えられたきたこと(著作)を引きながら、できるだけ分かりやすく伝達できるように努めた。彼の創造の源が、すべてこの書に集約されているからだ。

 ナウエンの著作とこれまで17年間つきあってきたとはいえ、私の理解には限界があり、お話したことも、あくまで私から見た一つの理解に過ぎない。私がどう思うかというより、ナウエンがどう考え、どのようなメッセージを伝えたかったかを中心に解説した。
 これからの奉仕にあたる神学生、信徒の方々の参考に少しでもなればと願うものです。
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 仕事に疲れたので、温かい日だったある日、少し散歩にでました。そうしたら、お堀端の河津桜がきれいでした。
iPhoneで撮影。解像度がいまいちです。春がすぐそこです。
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