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e0079743_11574115.jpg 一年くらい前から、微力ながら私も立ち上げをお手伝いしてきた「牧会塾」という学びの場が、来年4月に開講されます。事前のお披露目の場として12月9日、「プレスクール」というものを東京、お茶の水クリスチャンセンターで開催の運びとなりました。
 ステキなサイトもできました。

 プレスクールでは、おもな講師となる方をお招きし、それぞれの講座の案内や構想を話していただき、第二部として、パネルディスカッションが行われ、ます。

 本塾の構想については、クリスチャン新聞で大きく取りあげられました。牧会者だけでなく、信徒が受講できる講座もあります。
 複雑化する現代の教会のありかた、牧会のありかたを、経験豊かな牧師がたを中心に、受講生と共に模索する出会いの場となることを願っています。

 これからどんなことが起こるか、楽しみにしています。
 
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e0079743_174501.jpg いまやあまりに有名になった大河ドラマ『篤姫』。面白いです。感動的です。

 最初の私は、アイドルスターを中心にした視聴者かせぎの番組だろうと軽く見て、あまり興味を持たなかったのですが、周りの評判を聞くにつれて興味が湧き、初夏あたりから毎回録画し、見逃さずに見ています。配役も演技の妙も特筆もの。「必ず見てます」という人に何人も会いました。

 幕末については昔から興味がありましたが、女性の側の視点から見ることはありませんでした。しかし、男性の権謀術策に巻き込まれたとはいえ、まさかこんなに影響を与えていたとは思っていませんでした。

 ときに夫婦の情、親子の情をていねいに描き、少しメロドラマ風とも言えなくない効果的な音楽の効果もあって、見ていて何度涙を流したことか(笑)。

 攘夷派、開国派・・。簡単にはいかない錯綜した流れのなかで、「ああ、こういうことだったんだ」と(史実とまったく同じでないにしても)、おおまかな流れがつかめ、新しく教えてられたこともたくさんありました。

 歴史とは、政治とは、かくも複雑怪奇で分からないことばかり。番組以外で、ネットで薩英戦争、小松帯刀(薩摩の家老)、篤姫、鳥羽・伏見の戦い、慶喜の大阪からの逃亡・・・等、これまであいまいに理解していたことなどを検索して読んで確かめたり、歴史探訪の旅が楽しくできました。

 鎖国政策は、キリシタン迫害を生んだ大要因ですが、幕末の開国をめぐる政策で内政の分裂を招いたり、明治維新が生まれる直前にはローマ主導(たぶん政治的)で殉教者を列聖し国際的な注目を集めたり(番組には出てこない)、明治維新後は外圧でキリスト教禁止令の解除に向かったり、薩長主導による国家神道化に向けての歩みが始まったりと、近代日本の土台が築かれた時代の物語。

 あと数回でおしまいで残念至極ですが、年を重ねると、これまで見聞きしてきた歴史への理解が自分のなかで統合されてきていいですね。
 ますます深く日本の歴史、時代を築いた先祖たちへ思いが深まりました。
(見逃した今年始めの初期の番組。DVDが発売されたら、レンタル店に走ります! おっと、奇しくも今日から発売開始らしい。)
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e0079743_13363791.jpg 発行されてから一ヶ月くらいたったが、前から手に入れたかったコリンズ著『ゲノムと聖書』---科学者「神」について考える--(中村昇、中村佐知訳)を探しに、通勤途中の神保町、○省堂によってみた。ブログ友達、はちこさん夫妻の訳である。

 探すとき便利なのは、1Fに検索する端末が置いてあり、陳列棚の箇所が分かること。
 この大きな書店には、三カ所においてあることが分かった。


 上の写真は、5Fの「生化学・分子生物学」のコーナー
 下の写真は、4Fの「宗教:仏教・キリスト教他」のコーナーである。
 1Fの「ノンフィクション」コーナーにも置き場所があったようだが、売れたようで、在庫がなかった。

e0079743_1336495.jpg 在庫のあった二カ所は、どちらも本を数冊立てて展示(縦積み?)してあり、目立つようになっている。分かりやすくて、すぐ見つかった。宗教書コーナーでは、上と下の棚は聖書が置いてあり、特等席を占めているではないか。地味と思えた白地に黒のタイトルも、かえって目立つ。

 本の造りもりっぱなもので、しつこ過ぎないしゃれたレイアウト。読みやすそう。図書館に備えたとしても、長い年月耐えられる堅牢な造りになっている。

 これから読むのが楽しみである。
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 今回の清里リトリートは、前に記しましたが、昨年に続いて上沼昌雄先生をお招きしました。

 出版されたばかりの上沼著『闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神』を読んで参加することが期待されていましたが、私は半分しか読めていないで参加しました。

 本書は、これまでにないような内容で、私は最初、どう読んでいったものか戸惑いました。読んでいくうちに気づいたのですが、本書そのものが「瞑想」と言えるものでした。

 本のタイトルには「瞑想」と記しながら、内容は従来どおりのエッセー集だったりする本が多いですが、本書の文体は、著者の瞑想のなかに読者が引き入れられて、自分も瞑想の霊的旅をしていくようなものになっています。

 文章のかなりの部分が現在形、現在進行形で書かれています。著者のいま現在の瞑想を、そのまま記しているような不思議な感じがします。

 読んでいる私も、論理的展開についていくというより、迷路か螺旋階段の中を歩いているような感じがします。今どこにいるのか分からず、闇のなかを手探りしていいるかのよう。「あれっ、また元に戻ったのかな?」というような。

 繰り返し展開されているのは、神は、また人は、闇、夜、影をもった存在であり、従来の福音主義神学、神学校教育ではカバーしきれない存在であること。そして、福音の光をたずさえて、その中を探訪することが、いまや私たちにはできること。そこにおいて、真の自己発見、真の癒し、回復、光への道が開ける、というように思えました。

 レヴィナス、村上春樹、アウグスティヌス、ハイデッガーなどの名前も出て来て、近代の世界大戦やナチスが生まれるのを阻止できなかった近代のキリスト教思想の限界、問題点にも触れています
 
 肉の罪、戦争、暴力、家族から受けた心の傷、父の存在、記憶・・・・。

 一言ではとてもまとめきれないですが、自分のだどってきた人生の記憶、自分が育った家族関係を振り返るなど、さまざまなことに気づかされる、印象的で、魅力的な、多くの問題提起を含む本でした。
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 今日、ここ1-2年、懸案だった小社のサイトを「リニューアルオープン」しました。

 新装開店バーゲンセールはありませんが(汗)、楽しんでいただけたらうれしいです。それほどたくさんの記事はないですが・・・。
 全面協力してくださったデザイナー、Mさんに心から感謝申し上げます。

あめんどうオンライン
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 今年も仲間たちで、先週の後半、八ヶ岳のふもと清里にて二泊三日の黙想会を過ごした。
 いつものペンションなので、オーナー夫人とはすっかりなじみとなった。

 ほかではあまり会うことない仲間たちだが、この一年を振り返るなかで、言葉にしたことのない深い体験、主がなさったことの意味を、そのとき浮かんだ言葉で分かち合う。問うことも、聞き返すこともほとんどせず、その場だけのこととして語られる想い、記憶のほとんどは、重く、聞いても胸に納めておくしかない告白だが、不思議と平安な思いを抱きつつ、それぞれが話したいことだけを話す自由な時となった。

 今年も昨年と同じ、上沼昌雄氏をお招きし、近著『闇を住処とする私、やみを隠れ家とする神』(いのちのことば社)を題材に、それぞれが抱えている人生の闇のなかへ、イエスによる灯火をかかげて探索する内的な旅をたどった。

 それは怪しげなものではなく、危険なものでもなく、つらさや悲しみは伴うものの、「あなた(神)にとっては……暗闇も光も同じことです」(詩編)とあるお方が同伴者だからであり、また、仲間がいるからこそできた旅だった。

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(上:清泉寮から富士)(下:「萌え木の村」)
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