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e0079743_1712101.jpg 今月の初めに出版した『ナウエンと読む福音書』ですが、翻訳ということで、本になるまでにかなりの量の紙を使います。できるだけ省資源化したいのですが、パソコンの画面だけで推敲しようとすると、どうしても見逃すところが出てくるため。

紙が大活躍
 そこで、紙にプリントしてチェックということに。翻訳は、和文に置き換えたのちが勝負。他の翻訳家は知りませんが、プリントしたものを読み返し、読み返し、疑問箇所を原文と比べて修正の赤ペンを入れます。それをパソコン上で修正してからさらにプリント。そして、また繰り返して読んでチェック、という具合。
 さらに、紙はバッグに入れて持ち歩くことができます。通勤電車の中は推敲するためにすごく集中できる空間。電話もないし、訪問各もないし・・。

 やっかいなのは、原稿の推敲が仕上がり近くなって、はじめて浮き上がってくる本来の意味に気づかされたりすることです。そして、慌てて関連箇所の全体を見直すことが珍しくない。英語力がないことも一因ですが。

徐々に姿を現す全体像
 私にとって翻訳とは、さながら彫刻家が石をノミで掘り、徐々に全体の姿が現れて仕上げていくようなイメージ。今回は全体を、6-7回くらいプリントして推敲することになりました。いつもより1-2回多い回数です。文の意味の流れや展開を組み立て、不明箇所をだんだんと明確化していきます。最後にくると、仕上げ段階というか、文章を磨き上げる作業になり、それを何度か繰り返します。ここまでくると、もう頭の中は活字でギュウギュウ積めで、思考が働かなくなってきます。脳は疲労しないそうですが、そうとう神経が疲労していると思われます。うんざりして、原稿を手に取りたくなくなります。

 このとき、「なんで翻訳なんてすることになったのか……。しかも、あまり売れないキリスト教書だよ〜? こんな割の悪い仕事……う〜ん」というつぶやきが、心の中でふつふつと湧き上がってきます。
 そこを、ぐっと踏ん張るか無視を決め込んで、こらえるわけです(笑)。自分をだましだまし取り組むというか。ここまでくると、そうとう言語中枢が煮詰まって、疲れているということですね。

 紙と言えば最終的にできあがった段階でも、校正者用にもプリントし、さらには印刷所に入稿するときにもプリント一式を渡すことになります。ですから300頁以上(今回は170頁強)のような本だったら、全体でたいへんな量の紙の消費になります。

e0079743_14571961.jpg 今までは推敲したゲラ稿の紙は、スペースの問題で分散して保存、処理していたのですが、今回は一カ所に保存し、どのくらいの量になるか観察してみました。(上と下の写真は、今回使用した紙を配置を変えて撮影したもの)

 本ができあがったときの喜びはひとしおです。でも、「しばらく見たくもない」という心境になることも多いです(笑)。

 もっと紙を使う量を減らしたいのですが・・・。
 まだまだ紙に頼る制作は続きそう。
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e0079743_17233189.jpg 現在、中国の四川大地震による救出活動が懸命に行われています。最初の報告から1週間くらいたった現在、被災規模の想像以上の大きさが日増しに明らかになってきました。しばらく前は、ミャンマーにおいてハリケーンによる大水害があり、世界各国の援助活動は、末端までなかなか届かないようです。

 苦悩している人々、死にひんしている人々、悲嘆にくれている人々が取り残されています。報道を見るたびに私たちの心は深く痛みますが、無力さを感じながらも、自分にできることはないかと模索しています。

 こうした人類の悲惨さを、神はどう見ておられるのでしょうか。『ナウエンと読む福音書』のなかには、人類の苦悩とイエスの苦悩との深いつながりについて記されている箇所があります。
「キリストは死なれた」と言うとき、神の子であり、全人類の子でもあるイエスが苦しまれたことによって、あらゆる時代や場所に住む人間の苦悩が、神の内なる命に取り込まれたという真理を表します。どのような罪、恥、孤独、餓え、抑圧、あるいは搾取であろうと、拷問、投獄、あるいは殺人であろうと、暴力、あるいは核による威嚇ですらも、神が苦しんだことのない苦しみは一つもありません。

<略>この世の苦悩は神の苦悩であることを心で認める必要があります。年代にかかわりなく、女性、男性、子供たちの抱える苦悩は、ゲツセマネの園にかいま見る神の苦悩の底知れぬ深さを示しています。人類史の持つ最も深い意味は、そこにキリストの苦しみが徐々に明らかにされるということです。人間の歴史が続く限り、キリストの苦しみの物語は完結しません。<略>神がいなければ、人類の苦しみは耐えがたいばかりでなく、直視することさえできません。(ナウエン著『ナウエンと読む福音書』「世の光は絶やされた」より P.135)
  人々の苦悩を言い表せる言葉が見つかりません。どんな言葉も軽くなってしまいそうです。
   被災者の苦悩は深まるばかりでしょう。
   救援活動にあたる人々の健康が守られますように。
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e0079743_1419306.jpg 最近、ブログ更新がままならず、訪問してくださった方には申しわけありません。

 ここのところ新刊書の個人注文、取次店の追加注文の対応に追われています。一日も早く、しかも間違いなくお届けしなければと、細心の注意をはらいつつ、落ち着いた時間がなかなか持てません。

 左の写真は、お茶の水CLCの新刊書コーナーに先週末に展示されている様子です。(CLC書店さま、ありがとうございます。)少しは山は減っているかなーと心配しつつ見ています……。

 全部読み切っての感想はまだ届いていませんが(すぐに読み通せる本ではない)、ナウエンの本は、ほんとに待ち望まれているのだなぁーと実感するような反応をいただいています。
 以下は、個人注文の方からの一言です。

「ナウエンの大ファンの夫とともに、今度の本も楽しみに読まさせていただきます」
「到着した本をハラハラして開きました。自分に一冊、娘に一冊、息子に一冊、プレゼントしようと思います」(3冊注文した方)
「『放蕩息子』の本もそうですが『ナウエンと読む福音書』も、原書以上の仕上がりです。出版おめでとうございます」
「いま、毎朝のデボーションのテキストとして、少しずつ読み進めています」
「すぐ読み切ってしまうのはもったいない。少しずつ、大事に読まさせていただきます」
「ステキな本ができてうれしいです」
「楽しみに、祈りの気持ちで読まさせていただきます」

 これから実際に読む方の期待に十分答えうる内容、仕上がりであることを願っています。
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 緑の連休をどう過ごされたでしょうか。私は田舎に帰省して二、三日過ごしました。
そして、ある日の午後。牡丹(ぼたん)寺として知られたお寺に家族で見学。

 それはそれは見事な一面の花々の世界でした。中国原産の花。どこか異国的で、華麗で、妖艶な世界に誘われるような不思議な感じがします。香りがまたうっとりするような甘さ。五感を刺激する花々と禁欲的なお寺はミスマッチのようでありながら、なぜか似合っています。
 これらの驚異的な花々の美も、目に見えない創造主と、人間による日々の丹精のたまもの。決して表に出ない背後にいる養育者の存在を想いました。カメラの腕は、まだまだ未熟で申し訳ない。e0079743_23465386.jpg

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お待たせいたしました。ナウエンによる新刊書が発売開始となりました。

早い書店では2日から、遅くなる書店では連休明けから店頭に並ぶ予定です。
レンブラントの素描が多く配置されている大型の版です。(B5変形 並製)

本書の英語版は、出版された2002年、カトリック出版協会によるスピリチュアル部門、グラフィック部門で第一位を受賞しています。

日本語版は洋書と異なり、縦書きになっています。どうぞ、ご期待ください。

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『ナウエンと読む福音書』
─レンブラントの素描と共に─
ヘンリ・ナウエン著/マイケル・オラーリン編
小渕春夫訳

B5判変型価格2,415円(本体2,300円+税)
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◎多くの著作から選りすぐった黙想で織りなすイエスのスピリチュアル・ストーリー。本書は、思いもしなかった新鮮な福音書の世界に導いてくれるでしょう。
◎ナウエンに豊かな霊感を与えたレンブラントの素描を多数収録し、本文と共に福音書のリアリティを伝えています。

『ナウエンと読む福音書』内容詳細

■インターネットでのご注文は、以下をご利用ください。
あめんどうショップ
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