人生から学んだ十の教訓

 戦後、使命をもって日本にやってきた宣教師たちが晩年を迎え、次々に生涯を終えようとしています。いのちのことば社の創設者マクビティ師(たぶん存命中)、ダビデ・マーティン師(今年2月84歳で召天)と同じ世代のボブ・ボードマン師(85歳)が、いま残りの生涯を米国で閉じようとしています。沖縄戦に上陸して戦い、自ら負傷し、目の前で戦友を亡くした方です。
 私を指導してくれた先輩たちを指導した方で、私にとっては祖父のような方。

 最近、医師から余命半年であることを告げられました。アジアの国から、影響を受けた多くの方がインターネットを通じてお別れの挨拶をし、先月は、彼を迎えて、公での最後の集会がもたれたそうです。

たった一つの自慢
 ボードマンさんは、「ひとつだけ自慢することを許してほしい」と言って、友人を集めた最後の集会でこう言いました。(Facebookで視聴できるようになっている)

「一つだけ自慢させてください。これまで聖書を140回以上通読しました。聖書と聖霊の助けなしに、人生の困難を乗り越えることはできませんでした」

自分の年齢より多く読むとは、すごい精進です。

「いま私がいちばん恐れているのは癒されることです(注:たぶん、多くの友人が祈っているため)」(会場爆笑)

 先日、ガンの末期になって、あとがない第四段階に進んだと告げた医師に対し、
「第五段階があるのを知らないのですか? 神とともに天国にいることです」

 ユーモアを忘れない方です。

 これまでの人生を振り返り、次の十か条の教訓をまとめ、友人たちに配信してくれました。
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人生から学んだ十の教訓(ボブ・ボードマン作)【2009年3月】
1. どんなことでも誤解されるし、誤解は避けられない。誤解されようのないことでさえも、誤解されてしまうことがある。

2. 外見や世間向けの業績は、すべてを語っていない。実際は真実の姿を隠している。真実であり、かつ知恵ある透明性を持った人は、ほとんど見いだせない。

3. 人生の馳場のゴールを目前にして、私は今、戻ることの許されない歩みへ踏み出すように召された。突き付けられている問いは、「私は人生のレースをよく走れたか、そしてよく終えることができるか」である。「始める人は多くても、首尾よく終えることのできる人は少ない」(アジアの格言)

4. この地上での生涯はあっという間に飛び去る。永遠に比べれば数秒である。目に見えないことが本当の人生なのだ。なのに、どうして一時的に過ぎないことに、自分はたやすく惑わされてしまうのか。

5. ただ神だけを観客として、私は人生というゲームを演じ通すべきだ。

6. 片手で十字架を運ぶのは不可能である。

7. 変化は時に、ただちに訪れるが、別の場合には、長い人生の終わりにようやくやってくる。

8. 真実の、忠実な、神を恐れる人生のパートナーは、私たちの心を探られる生ける神を信頼することによってのみ、見いだし、持つことができる。

9. 生きている人はみな、何らかの人生の哲学を構築する。世に知られるもの、知られないもの。うまく表現されたもの、表現しにくいもの。しかし、その人の生き方で、行動で、話す言葉で、それは明らかになる。

10. 「若さとは人生の一時期のことではない。それは心のあり方のことである。意思の持ち方であり、どのようなイマジネーションを抱くかであり、感情のしなやかさ激しさ(or 豊かさ)(a rigor of the emotions)である。単に年を重ねることで老いるのではない。自らの理想を諦めるときに老いるのだ。「Unforgettable Men 」(P.248ページ) 詩篇71篇18節
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