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現代の奇人か聖人か? ー『奇跡のリンゴ』

現代の奇人か聖人か? ー『奇跡のリンゴ』_e0079743_14283730.jpg 本屋に立ち寄ってふと目にした本です。たしか昨年、テレビで再放送をチラッと見た記憶が。
(へ〜本になってたんだ〜。2008年7月発行だ)
 歯の欠けた田舎のおじさんの笑顔が表紙を飾って、意表をついています。

 石川拓治著『奇跡のリンゴ』(幻冬舎)
  ー「絶対不可能」を覆した農家木村秋則の記録

現代の童話? いえ実話です
 驚きました。語り継がれた童話でなく、現代の実話です。家族を貧困に喘がせつつも、無農薬、無肥料のリンゴを栽培するための十数年の苦闘を記したノンフィクション。

 80年代、バブル景気のころ、周りのリンゴ農家も景気がよく、それなりの豊かな生活を送っていたのに、毎日、毎日、家族総出で病害虫との格闘を続けた木村家の貧乏物語。
 理由の一つは、農薬の被害で奥様が1週間くらい寝込むことがあったからでした。妻への愛からの出発。日本の見事なリンゴは、すごい種類の農薬を使って、あのように大きな甘いものができているのですね。

 無農薬を始めたときに800本あった木の半分を枯らし、八年目にやっとそのうちの一本が七つの花を咲かせ、その年の収穫はたった二個。それが今から20年前。

 10年以上の歳月を費やし、いまや驚くほどにおいしいリンゴが収穫できるようになりました。その実のおいしいこと! ある人は初めて食べたとき、種以外みな食べてしまったとか。しかし、それを生み出した木村家の言語の絶する苦労といったら! 

聖書に言及した箇所
 最初と最後に聖書にちなんだ話を、著者の石川氏は記しています。エデンの園でアダムとイブが食べた禁断の実は、リンゴとして絵画に描かれていますが、リンゴという名称の語源(西洋)は「木の実」だったんですね。知らなかった。

 本の最後は、ノアの箱船のエピソードが出てきます。リンゴ農家の木村さんが信仰を持っているとは書いてありませんが、貧困を顧みず、周りの農家のあきれた目、ときには非難にも近い対応にも負けず、一途に無農薬リンゴを作り続けた木村さん。その生き方は、人々の嘲笑にひるむことなく、何年もかけて箱船を家族で作り上げたノアとぴったり重なるではないですか。そして、人々に希望をもたらしたことも・・。「カラカラ」と笑って否定するでしょうが、木村さんは、まさに現代の(ある意味)「聖人」奇人ならぬ「貴人」ではないでしょうか。

 いまは殺到する注文に追いつかず、抽選で販売しているのだそうです。
  木村さんのWebサイト

 著者は書いています。あまりのおいしさに絶句し、不覚にも涙が……。
 人間が破壊した自然の恵みの素晴らしさの回復! 
 
 以下に木村さんの言葉を少し。

「人間に出来ることなんて、そんなたいしたことじゃないんだよ。
 みんなは、木村はよく頑張ったっていうけどさ、私じゃない、
 リンゴの木が頑張ったんだよ。(略)だってさ、人間はどんなに頑張っても
 自分ではリンゴの花のひとつも咲かせることが出来ないんだよ。手の先だって、
 足の先にだって、リンゴの花は咲かせられないのよ。
 (略)そんなことは当たり前だって思うかもしれない。
 そう思う人は、そのことの本当の意味がわかっていないのな。
(略)私に出来ることは、リンゴの木の手伝いでしかないんだよ。
 失敗に失敗を積み重ねて、ようやくそのことがわかった。
 それがわかるまで、ほんとうに長い時間がかかったな」

 それは、木村さんのリンゴの木への深い知識と、命を育む愛情によるケアがあったからこそ花開いた恵みの味。エデンの園の実の豊かな味わいを想像させる匠の業です。その背後には、絶望のどん底でつかみ得た、不思議な発見、啓示とも言える出来事がありました。
 また、彼のリンゴ作りを裏で支えた何人かの犠牲的な支えもあったということです。今の人気が、木村さんの農作業の妨げになりませんように。

タゴールの詩
 著者の石川氏が冒頭に引用したタゴールの詩(祈りでしょ)の一部を載せてみます。
 訳は本にあったものでなく、私が試しに訳してみました。

 成功したときだけ、あなた(神)のご配慮を感じるような臆病者でなく、
 失敗したときこそ、あなたの手の内に守られていると
 気づく者であらせてください。

 Grant me that I may not be a coward,
 feeling your mercy in my success alone;
 but let me find the grasp of your hand in my failure.


    by Tgore "FRUIT GATHERING"から