グレツキ作曲 「交響曲第三番」の歌詞

 前回に続いてヘンリク・ミコワイ・グレツキの曲について紹介します。音楽を言葉で伝えるのはむずかしいですが、歌詞をぜひ紹介したいと思いました。グレツキ(1933年生まれ 現在73歳)は、アウシュビッツからそう遠くないところで生まれ育ったポーランド人です。彼はポーランドから余り外に出ず、地味な生活をしていた作曲家でした。80年代半ばからようやく世間で知られるようになりました。

90年代に欧米で有名になった交響曲
 この曲(76年作曲)が有名になったのは、作曲されたから15-6年もたった92-93年ころです。イギリスでラジオ放送されて大反響を呼び、リクエストが集中しました。評判が評判を呼んで、欧米で当時30万枚以上の売れ行きがあったそうです。「嘆きの歌(or 悲歌のシンフォニー)」という副題がついています。曲の内容は、ポーランド女性が書いた詩・祈りで構成され、その祈りを歌いあげる三つの楽章からなっています。

三つの歌詞
 以下に、三つの歌詞の一部を紹介します。わたしはポーランド語は読めないので、CDの解説にあった沼野充義氏の訳に、ほんの少し手を加えました。

 第一楽章は 15世紀後半の中世の修道院の短い祈り、聖母マリアがイエスとの決別を嘆き、悲しむ詩(歌詞省略)

 第二楽章は ナチスドイツの秘密警察にあった独房の壁に刻まれた短い祈り。44年に投獄された18歳の女性の言葉です。

   ママ、どうか泣かないで。

   天のいと清らかな女王さま、
   どうかいつもわたしを助けてください。
   アヴェ・マリア。


 マリアさまに祈るところはプロテスタントの私には違和感がありますし、こうした祈りはしませんが、究極の苦しみに追い込まれた女性の祈りです。

第三楽章は、ポーランドの一地方の民謡を採用しています。歌詞は以下のようです。老いた母親が、うめくようにして口にした悲痛な祈りです。

 わたしの愛しい息子は、
 どこに行ってしまったのですか?
 きっと蜂起のときに
 悪い敵に殺されてしまったのでしょう。

   人でなしども、後生だから教えて。
   どうしてわたしの息子を殺したの。

 もう決してわたしは
 息子に助けてもらうことはできません。
 たとえどんなに涙を流して
 この老いた目を泣きつぶしても。

 たとえわたしの苦い涙から
 もう一つのオドラ川ができたとしても、
 それでもわたしの息子は
 生き返りはしない。

 息子はどこかで墓に眠っているでしょう。
 でもわたしには、どこだかわかりません。
 いたるところで人に聞いてまわっても。

 かわいそうな息子は、どこかの穴で
 横たわっているのかもしれません。
 暖炉のわきの自分の寝床で
 眠ることもできたはずなのに。

 神の小鳥たち、どうか息子のために
 さえずってあげて。
 母親が息子を見つけられないでいるのだから。

 神の花よ、あたり一面に咲いておくれ。
 せめて息子が楽しく眠れるように。


 底なしの悲しみを表現しています。曲全体は静かに美しいソプラノで歌われ、その祈りがゆっくりと天上に昇っていくイメージです。決して難解な曲ではなく、単純で、反復される和音による伴奏がついています。

母の悲しみ
 母の悲しみはキリスト教界では、磔にされたイエスに対するマリアの嘆きというテーマで、音楽で、彫刻(ピエタ)で、絵画で、盛んに目にすることができますね。最初に息子を亡くした母は、アベルを殺されたエバでしょう。自分の息子が、もう一人の自分の息子を殺すとは!
「わたしは、あなたのうめきと苦しみを大いに増す」(創世3:16)と神はエバに宣言します。エバの悲しみはマリアの悲しみにつながり、子どもを亡くしたあらゆる母の悲しみに連なり、一人息子を人類のために捧げた神の慟哭につながっていきます。
 親(母)の子に対する愛情が深ければ深いほど、失った悲しみは想像を絶します。

 あらゆるキリスト教の宗教曲がそうであるように、悲嘆と慟哭を伝える曲の最後の最後は、たとえ曲全体が短調であろうと長調の和音で終結します。ほのかな明るさ、解決への予兆、希望、平安を憧れる思い(信仰)が、聞いている者の心に響いて残ります。

 祈ることのできる幸いが、そこに示されているように思えます。
[PR]