ガンジーがたどった道

e0079743_2221324.jpg 暴力や憎しみの連鎖がさらなる大規模な暴力を生み出しそうな予感がする現代。
 いつか録画していた映画『ガンジー』(監督:アッテンボロー)をふと思い出して見始めた。

 自分の始めた非暴力、不服従(無抵抗主義ではないという)が脱線し、暴動が全インドに広がろうかというとき、彼はその沈静化を願って、自分の体を痛めつける「断食」という手段に出る。
 そのとき、横たわって弱りきった体から絞り出すように側近に語った言葉に、心がとまった。


 私は絶望に陥ったとき、人類の歴史を思いめぐらす。
 勝つのはいつも真実と愛だ。
 暴君と殺りく者は一時は無敵に見えても、結局は滅びてしまう。
 そのことを忘れてはならない。
 
 それが本当に神の道かと迷ったとき、正しい道だろうかと迷ったとき、
 歴史を思い出し、神の道を見いだすのだ。


 暴動や戦争、国際紛争が起こりそうなとき、かつてM.L.キング牧師やガンジーがいたことを忘れてしまう私たち。彼らとて人間なので、汚点を探したら私たち同様あるだろう。
 しかし、それでも彼らが命をかけて人類に伝えたメッセージに思いを向けないなら、歴史に示した神からの大事なメッセージを見失ってしまうかもしれない。

 アジア人であり、キリスト者以上にイエス・キリストの精神に従って生き抜いたかに見える人、ガンジー。彼の思想のすべてに同意しているわけでなく、私生活は疑問に思うこともある。しかし、私に勇気はないけれど、彼の生きた道の普遍的な面の回復、復興を願う。


インドの経済的自立への手段
 ガンジーの経済復興の手段の一つは、着物を自分たちで手作り出すこと。

 当時、イギリスの工場(インド内かイギリス本土内かは不明)で作られた美しい上質な着物をインド人たちも買って着用していた。そのおかげで、国内産業は衰え、イギリスの経済に依存するようになった。
 そこで、ガンジーは率先して英国製の美しい着物を拒否し、そのかわり自分で綿花を紡ぎ、素朴な着物作りを実践した。それで国内産業を興そうとした。

 では、現在の日本や米国はどうか。安い労賃を利用した良質な製品を中国で生産し、国内の失業者を増やし、経済格差を広げる結果になっている。一部の企業家が大もうけし、富が偏っている。
 これが自由経済なのだという。

 私も安い中国製品を利用している。では、高い国内産の製品を買ってまで産業を興そうとするだろうか。それは経済力が許さない。不器用な自分が作った着物を着て仕事にでかけるだろうか? そう簡単には行かない。
 
 では、「みすぼらしい生活は周りに迷惑をかける。複雑な時代になってしまった」と、諦めるほかないのか?
 ガンジーは、とてつもないチャレンジを、現代も私たちに投げかけている。
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